フェイスブックの登場で私たちは不幸になった?

2016年12月24日

スマートフォンの普及とともに世界で爆発的に伸びたのが「ソーシャルメディア」というものでした。今やインターネット利用の1/3がソーシャルメディアであると言われるほど、「ソーシャルメディア」は私たちの生活に浸透しているようです。

そんなソーシャルメディアの代表格といえば、なんといっても「フェイスブック」です。「フェイスブック」は2004年に始まって以降、爆発的に世界に普及しました。創業者で現CEOのマーク・ザッカーバーグ氏は今や世界有数のビリオネアになりましたし、すでに創業物語がハリウッドで映画化もされました。まさにこのフェイスブックは壮大なサクセスストーリーとなったようです。

IT企業のサービスというのは、私たちの暮らしをどんどん豊かにしています。例えばグーグル検索を使えば何だって調べることができるし、アマゾンでは欲しいものが簡単に変えます。そしてアップルのiPhoneなどのスマホは私たちの生活に欠かせない道具になっています。

では果たして「フェイスブック」の登場によって、私たちの生活は豊かになったのでしょうか。確かに古い友人に連絡を取りたいときや、学校や職場の人と繋がりたいときは「フェイスブック」は大変便利なツールです。ところが、この過度な繋がりによって私たちは本当に幸福になったのでしょうか。

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「ランク社会」に見るフェイスブックへの皮肉


ネットフリックスで配信されている作品の中に「ブラック・ミラー」というとてもおもしろいドラマがあります。このドラマでは近未来に起こるであろう物語を毎回一話完結で描いています。その「ブラック・ミラー」のシーズン3第1話の「ランク社会」という作品がとても興味深い内容でした。

「ランク社会」では、「いいね」の数でその人そのものの価値が決まる世界を描いています。この世界の住人は「フェイスブック」のようなSNSに夢中になり、ヨガや旅行のような充実した投稿をすると、より多くの評価が貰えて、その人そのものの価値が上がるというものです。この世界ではその人のランクに応じて、住める家や乗れる飛行機、借りれる車まで決まってしまうようです。だからこの世界の住人は必死に「いいね」を稼ぐのです。

もちろんこの「ランク社会」という作品は「フェイスブック」のようなSNSを存分に皮肉っています。私たちは人からの評価を気にし、「いいね」獲得のために自分を偽り始めています。

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フェイスブックは私たちを不幸にしたのか

実際に「ランク社会」に登場するような演出行為は、今やフェイスブック上に溢れています。海外旅行に行って輝いている自分や、たくさんの仲間に囲まれて愛されている自分、あるいは恋人との充実ぶりをアピールする自分を演出するために努力している人はたくさんいます。では実際にこのように「いいね」をたくさん獲得して、私たちの生活は豊かになったのでしょうか。いや、むしろ不幸になったのではないでしょうか。

フェイスブック先進国であるアメリカでは、すでに若者の間で「フェイスブック疲れ」という現象が起き、実際に若い世代のフェイスブックのMAU(月間アクセス数)が減少傾向にあるみたいです。もちろん下がった分は「インスタグラム」や「スナップチャット」などの「第2のフェイスブック」に流れているだけなので、SNSそのものが廃れているわけではありませんが。

ユーザーは「いいね」獲得のために演出を行います。しかし自分より優れた友人の演出を見たあなたは、劣等感やストレスを感じることになります。そしてあなたは友人よりも多くの「いいね」を獲得するためにさらなる演出を行い、結果として全員が不幸に陥ることになるのです。

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最後に

冒頭でも言いましたが、IT企業のサービスは私たちの生活を豊かにしてきました。そしてこれからも想像もつかなかったようなテクノロジーが、私たちの暮らしをより便利で快適なものにしていくでしょう。しかしその全てが、必ずしも私たちを幸福にするとは限りません。なかにはテクノロジーによって、以前よりもむしろ不幸になってしまうこともあるかもしれません。

今回扱った「フェイスブック」は私たちをむしろ不幸にしたのではないかと思います。誰かに連絡を取りたいときや、繋がりたいときは別にフェイスブックを利用する必要はありません。「グーグル検索」や「アマゾン」と違って、「無くなって困るもの」ではないのです。

これからの時代は、私たちがこれまで見たことのないデバイスやサービス、ロボット、AIなどが数多く出てくるでしょう。そこで大切なのは、初めから食わず嫌いをすることでなく、この新しい何かが自分たちをどう幸せにするか、という視点で見定めることではないでしょうか。テクノロジーに支配されるのではなく、テクノロジーをうまく利用してやるくらいの気合いで挑んでいけば、私たちの暮らしはきっとより良いものになるはずです。

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